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「表現の自由」には責任が伴うということ。

このブログでも散々書いているように

私は大沢たかおさんのファンなので、たびたび大沢さんのことを投稿しています。

 

でも、やはり有名人とはいっても一言一句、極力注意を払って書いています。

それは一ファンとして人間として当たり前のことですから。

 

 

最近、木村花さんという女子プロレスラーの方のことが様々なメディアで取り上げられています。

 

この件だけでなく、以前からSNSでの誹謗中傷が問題になっていましたが、

とうとう政府の方でも動きが出るほど事態は深刻になっているようですね。

 

顔も名前もわからないから、その時の感情に任せて言いたい放題。

自分が正義の味方になってつもりで、

書き込みが多ければ多いほどヒートアップして

寄ってたかって言葉の暴力を浴びせる。

被害にあっている人の気持ちや立場など一切考えることなく。

 

私は、いくら政府が法規制に動いたとしても、この現象は無くならないと思っています。

これは、人間の悲しい性(さが)であって、規制してどうなるものでもないと。

あくまでも個々人の良識とマナーの問題だと思えるからです。

だからといって決して肯定しているわけではありません。

むしろ、そういうことをする人たちを軽蔑するし、卑怯極まりないと思うし許せません。

 

 

一部の人たちはこういう問題が生じると「表現の自由」だと言います。

私が思うに、表現することだけでなく行動することに関しても

「自由とは責任を伴うものである」ということ。

自由だからといって何をしてもいいわけではありません。

自由であればあるほど、そこには責任がついて回るものです。

 

例えば、極端な話

ある会社と一個人が労働契約において

「自分は自由に仕事がしたいから自由に行動させて下さい」

いう契約をしたとします。

営業職の人などはそういう人が多いですね。

しかし自由ではあっても、成績は上げなくてはいけない。

サボっていようが何をしていようが、成績を上げればいいわけですが

売り上げが良くも悪くもすべて自己責任です。

そして、万が一仕事中何かのトラブルに巻き込まれたとしても、

自由にしていいという契約の下で仕事をしていたわけですから、

これも自己責任になるかもしれません。

 

表現の自由にしても、

発言したことには自分の考えを口から出したというだけではなくて

そう思っているから発言したのであって、

名誉棄損で訴えられたりしても仕方ありません。

ましてや、それによって人が生死に関わることになれば

重大な責任はあるわけです。

 

『言霊(ことだま)』という言葉がありますね。

『言魂』とも書きます。

いうまでもなく、言葉には霊力や魂が宿っているということです。

言葉には力が宿っています。

スピリチュアルな話だと信用しない人もいますが、

私はこの力を信じます。

脳科学の分野でも、この言霊の力は実証されています。

悪い言葉を放てば、悪いことが起こったり

自分の願いを常に口にしていると本当に願いが叶ったり。

 

今はあまり聞きませんが、「縁起でもないこと言うな!!」と

言ったり聞いたりしたことがありますよね。

それも、結局言葉の力を恐れているからです。

 

また、ある人が実験を試みて

ある植物に毎日感謝の言葉や優しい言葉をかけて育て、

別の植物には全く声掛けをしなかったら、

声掛けをしなかった方の植物は枯れてしまったとか、

そういう事例は沢山あります。

 

だから、人は言葉によって力を得たり希望をもらったり癒されたり

嬉しくなったり優しくなったり楽しくなったりもするし、

今回の事件のように、逆に傷ついたり悲しんだり、

恨みや怒りや憎しみという不幸なことが起こるわけです。

 

以前にもこのブログで書きましたが、

その時の感情に任せて何でも書き込みする人は結局

想像力が欠如しているのだと思います。

そして「表現の自由」の意味を取り違えることなく、

「自由には責任が伴う」という意識を持ってネットを利用してもらいたいものです。

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