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あなたは認知症の親にどんな風に接していますか?

先日、母といつものスーパーに出かけた時の出来事。

いきなり近くで大きな怒声が聞こえて、

私も周りの人も驚いて声のした方を見てみると、

40代か50代の男性が母親を叱っていました。

お腹が出ていて体格の良いその男性とは対照的に、

叱られている母親はボサボサの白髪頭で、体はやせ細り、

ヨレヨレのシャツとゴムの緩んだズボンを履いていました。

そして多分男性の奥さんであろう人も、ひ弱そうで大人しそうで

男性の言うことに一切口答えせず、

どんなに男性が大声をあげても何も言うことなくただ淡々と買物をしているだけ。

男性はことあるごとに

「それは違うやろうが!!」「さっき、言うたばっかりやろ!!」と

とても親に向かって言う言葉とは思えない蔑んだ言葉をぶつけ、

対して母親といえば、

その顔に人間らしい表情は既になく、虚ろな目をして、

息子の言うことを聞いているのかいないのか判然としないままでした。

その様子は私たち他人が聞いていても、とても聞き苦しくて

その母親の様子も見ていられず、そっとその場を離れるしかありませんでした。

多分、その母親は認知症の症状が出ていて、

息子を始め家族は日々大変な介護生活をされているのだと理解できます。

介護と一口に言っても、想像を絶する苦労があります。

ましてや認知症となると、周りの理解を得ることは難しく

家族の態度や言動もこのようになるのは否めません。

さっき言ったことを数時間後には忘れていたりとか

ちゃんと食事をしているのに、すぐお腹が空いたと言ったり

突然暴れだしたり、財布や大事な物が無くなったと騒いだり、

徘徊して迷子になったり、家族の見分けがつかなくなったり

数え上げればきりがないくらい色々な症状が出てきて

周りの人間は戸惑うばかりです。

そして必然的に、介護する方は精神的に追い詰められて

イライラしたり怒りやすくなったり、

衝動的に乱暴な言葉を投げかけたりということになります。

それが続くと最悪の結果を迎えることになることもありますから、

その前に事前に対処することが肝心です。

デイサービスやショートステイなどを利用して

介護する人が日々余裕を持って接していられるような環境を作ったり、

SNSなどで、コミュニティーの場を探して積極的に参加するとか、

同じ境遇の人達と交流して、悩み事や困ったことを相談しあったり

共有していくことは、とても大事なことだと思います。

ポイントは内向きにならないこと。

自分だけで解決しようとしないこと。

国の制度を大いに利用したり、周りの助けを借りて乗り切ること、です。

 

私も、その出来事を見て父への介護体験を思い出しました。

父が亡くなる1年ほど前まで、私は母と二人で父を介護しました。

交通事故から始まった父の介護は、

ケガだけではなく高次脳機能障害にもなり、

病院によっては認知症なのか高次脳機能障害なのか判断できないと言われ、

元気だったころの父とは食べ物の好みも性格も変わってしまった父に

私たち家族は戸惑い、迷い、悩みながら介護を続けました。

でも、この介護をするということは一言では言い表せないくらいの

苦悩と苦労がありました。

父が夜中に粗相をして、下着や寝具の処理をすることは頻繁にあり

その度に会社員でもある私は、

睡眠不足や仕事のストレス、更年期障害などで

精神的にも身体的にもかなり辛い時期でもありましたから、

思わず父にその男性と同じようにひどい言葉を言ったことがあります。

でも、ある日いつものように父が夜中に粗相をして

私が下着の始末をしていると、

「ごめんね、ごめんね、ごめんね。。」

と手を合わせて私に何度も何度も謝るのです。

私は胸を衝かれました。

私はその時の光景を一生忘れられないと思います。

父は父なりに苦しんでいたんだと、その時理解しました。

 

介護されている人にとっても、家族に負担をかけていると思えば

辛いはずです。

たとえ認知症であっても、

自分が言われていることや、どんな仕打ちをされているかは

本能的に分かっていると私は思います。

「言霊」といわれるように、言葉には魂が宿っています。

だから、認知症で言葉の一つ一つは理解できなくとも

相手がどんな気持ちでその言葉を発しているか、

自分がどんな風に思われているかは、感覚的に分かるはずです。

愛情があれば言葉のかけ方も違うはずです。

たとえ自分のことを忘れてしまった認知症の親であっても、

親は親。

今自分がこうして生きているのは、この親がいるおかげ。

後悔しないためにも、愛情をもって接して欲しいと願うばかりです。

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